松島 倫明×鹿野 淳×上田 唯人×大東駿介
松島 倫明(『WIRED』日本版編集長)

松島 倫明(『WIRED』日本版編集長)

東京都出身、鎌倉在住。編集者として世界的ベストセラー『BORN TO RUN』の邦訳を手がけて自身もトレイルトランナーとなり、5年前に鎌倉に移住して裏山をサンダルで走っている。『脳を鍛えるには運動しかない!』『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』『マインドフル・ワーク』『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』などで新しいライフスタイルとウェルビーイングの可能性を提示してきた。2018年6月より現職。最新号の特集は「Digital WELL-BEING」。

鹿野 淳(音楽ジャーナリスト/『MUSICA』発行人)

鹿野 淳(音楽ジャーナリスト/『MUSICA』発行人)

1964年生まれ、東京都出身・神奈川県育ち。ロッキング・オン社で『BUZZ』や『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任し、2004年に独立。2006年1月にサッカー雑誌『STAR soccer』を創刊し(現在は休刊)、2007年3月には音楽雑誌『MUSICA(ムジカ)』を立ち上げる。現在は編集/執筆活動のほかテレビやラジオでも活躍し、2014年からは音楽フェスティバル『VIVA LA ROCK』のプロデュースも行っている。

上田 唯人(『走るひと』編集長)

上田 唯人(『走るひと』編集長)

大学卒業後、野村総合研究所に入社。企業再生・マーケティングの戦略コンサルタントとして、主にファッション・小売業界のコンサルティングを行う。その後、スポーツブランド役員としてファイナンス・事業戦略・海外ブランドとの事業提携などを手がける。2011年に1milegroupを設立し、さまざまな制作やメディア運営に携わる。2014年5月『走るひと』創刊。講演やテレビなど、スポーツとカルチャーに関わる分野で、さまざまな発信を行っている。

鹿野 淳(音楽ジャーナリスト/『MUSICA』発行人)

大東駿介

大阪府出身。2005年、テレビドラマ『野ブタ。 をプロデュース』(日本テレビ)で俳優デビュー。映画『クローズ ZERO』シリーズ、『TOKYO TRIBE』、『海難1890』、NHK大河ドラマ『平清盛』、 『花燃ゆ』をはじめ出演作品多数。音楽好きとしても有名で、 フェスのMCなども務める。NHK大河ドラマ「いだてん~ オリムピック噺~」に出演。(公式サイト:https://www.shunsuke-daitoh.com/

[大東駿介氏を迎えて]
走ることで得られる幸福感

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ここからは、さらに異ジャンルというか、違った立場からもお話を聞いてみたいなということで。今回、俳優の大東駿介さんにお越しいただきました。ご自身もランナーである大東さんにとって、「走る」ことはどんな存在なのでしょうか?
大東 ■
僕は役作りや体作りのために走ることが多いですね。以前は音楽を聴きながら走っていたんですけど、音楽って“情景”じゃないですか。だけど、心拍数やリズム、景色だったり、自分が走っていること自体に“情景”があるから、音楽は必要ないんじゃないかと思っちゃって。最近は音楽なしで走るのが面白いですね。よく、「走ると無心になれる」って聞きますけど、僕はあんまり無心になれることがなくて。常に何か考えてます。
松島 ■
それ、わかります。僕も新しい企画やタイトルを考えたいっていうときに走りにいくことが多くて。そんなときは自然のなかをバーっと走っているときが一番思い浮かぶんですよね。あと、大切なミーティングや、人と会う予定がある日を意識して走ります。そうすると脳がすごく働くので。どちらかというと、走り終えた後のために走っていたりしますね。『WIRED』的に言うと、走ることで自分をハックする面白さみたいなものはあるかなと思います。
鹿野 ■
僕はまた違ったタイプで、前日までの嫌なことを一瞬にして忘れさせてくれるのが、「走る」ことなんです。朝走ると、それまでのストレスを一気に消化して「ま、いっか」と自分の中の負債をリセットするためのすごく重要な習慣になっています。
上田 ■
僕もストレスを消化するために走っている派ですね。もともと走り始めたきっかけも会社員時代に深夜まで残業していて、目も頭も冴えて寝られない、でも翌日また朝から出勤、というときに物理的に身体を疲れさせて寝るためだったんですよ。
松島 ■
大東さんは、時間帯としてはいつ走られるんですか?
大東 ■
夜ですね。太陽の光があると、自分の正しい判断に影響が出ちゃう気がして。
松島 ■
光に惑わされてしまうような感覚ですか?
大東 ■
惑わされるっていうわけじゃないんですけど、たとえばものを書くときは朝が一番書きやすいんですよ。何かを残すときは絶対に朝です。でも、その光によって「ちゃんとしよう」としちゃうのかなっていうのもあって(笑)。夜の街に浮かぶ光くらいのほうが、余計な考えを全部省いてくれる感じがします。その中であふれるリズムや音、感覚だったりが、朝とは違う判断をさせてくれるんです。

松島 倫明×鹿野 淳×上田 唯人×大東駿介

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「“走る”ということが、より良く生きることに繋がるのでは」ということについてもそれぞれの意見を伺えればと思います。上田さんはいかがですか?
上田 ■
僕自身はすごく実感できているんですけど、『走るひと』としてはあまり簡単に「ランニングはいいよ」とは言わないようにしていて……。やっぱり、「走る」ことには、まだまだ体育や部活で「走らされた」という罰のようなイメージも強くて。ちょっと嫌だなと思っている人もたくさんいます。その人たちに「走るといいよ」と言ったところで、本当の魅力は伝わりませんよね。だから、創刊当初から言葉選びや表現の仕方には気をつけているというのが『走るひと』のスタンスです。
鹿野 ■
何かを啓蒙しようとすると反発が起こるのは、ある意味避けられないことかもしれないけれど、人間は弱い生き物だから常に人の声を必要としている面もありますよね。僕自身もメディアをやっていて、それは切に感じています。自分が作った本を大勢の人が読んでいても、普段はいまいち実感がわかない。でも、マラソンを走ると沿道からたくさんの人が声を掛けてくれて、“人”というものをすごく感じられます。そのエネルギーを浴びることで、自分の中の健全さをキープできるんですよね。
———
走ることによって生活がより良いものになる、というのは、『WIRED』でいう“ウェルビーイング”にも繋がってきますね。
松島 ■
そうですね。僕は走る人がタイムを気にしなくなったら、それがウェルビーイングっていう文脈かなと思っていて。今走っている人たちが、「時計も着けず、ログも残さずに走れ」と言われたら、それでも走りに行く人がどれだけいるでしょうか。「タイムも何も残らないなら、走る意味なんてない」と考えるランナーも少なくないと思うんですよ。目標に向かってコツコツ努力するのはすごく人間を高めてくれることなんですけど、普段から仕事でまさにそれをやっているんだったら、週末まで同じことをしなくてもいいんじゃないかな、と。僕は、「人間が本来求めていることは何か」を問い続けることが、テクノロジーを語るうえで大切だと考えていて、走ることを通してある種のヒューマンスケールを感じるのも、ひとつの楽しみ方だと思っています。
大東 ■
僕は、走ることがどんな幸福につながるか考えたら……「人生の選択肢が増える」っていうことかなと。タイムを気にしてみたり、気にしなかったり、トレイルも経験してみたりすることで、自分にとっての選択肢の数がどんどん増えていく。これは役者としていろいろな役を演じる幸福とも似ています。僕は全然泳げなかったんですけど、水泳選手の役をやるようになってから結構泳げるようになったんですよ。やっぱり、新しい経験や感性、発見が次への希望にもなっていくので、選択肢が増えることは幸福だと思いますね。
上田 ■
大東くんが言う「選択肢が増えることによる幸福」にも通ずることで、これからは仕事以外での“遊び”をちゃんと身に付けられた人が豊かに生活していけるだろうと思うんです。ランニングもそのひとつであってほしいというか。
大東 ■
選択肢が増えれば、石を削り出して彫刻になっていくように、どんどん自分の中で細かく削り出せるようになるんじゃないかと。たとえば音楽の聴き方でも、ドラム・ベース・ギターそれぞれの音だったり、音楽の仕組みがわかっていけば、もっといろいろな面白さを感じられるようになりますよね。それと同じように「走る」ことでも、どこに住んでいて、どこにいて、自分がこの街をどう走るかって日々選択するのが、これからもっと面白くなっていくんじゃないかなと思います。それにオリンピックも近づいてくるから、その街で自由に走っている人が増えたら「日本って面白いなあ」ってなるかもしれませんよね。